Short-term synaptic plasticity(STSP、短期シナプス可塑性)

 

ワーキングメモリ関係の論文を読むとShort-termシナプス可塑性(Short-term synaptic plasticity: STSP)という言葉が出てきます。

何がショートタームかというと、シナプスのハード面(受容体やチャネルの種類)を変化さえずに、ソフトな部分(神経伝達物質を枯渇させる、カルシウムイオンを軸索に流入せる)を変化させることで数秒だけニューロン間の結合強度を変化させるところが”短期”というわけです。

なかなか日本語の文献が少ないのですが、先生、先輩、英語の記事をまとめると、STSPにはシナプスの結合を弱めるShort-Term Depression(STD)と、強めるShort-Term Facilitation (STF)があることがわかっているようです。

参考:

 

Short-Term Depression(STD)

短期的に数秒間ニューロンの結合を弱める仕組みがこのShort-Term Depressionです。

仕組みは主にシナプス前ニューロン側の神経伝達物質の濃度を下げることで、チャネルが開いてシナプス小胞から伝達物質が放出されても、もともと入っている伝達物質の量が少ないので、伝達先に与える影響が減少しシナプス高電流の変化が抑えられるというものです。

これは次に説明するSTFにも言えることなのですが、あくまでシナプス前ニューロンの発火頻度は変化せず、発火が接続先のニューロンに与える影響のみを抑制することになります。(要確認)

 

Short-Term Facilitation (STF)

こちらは短期的にシナプスの結合を強める働きがあります。

原理は発火が起きたとき、軸索内にカルシウムイオンを流入させることで通常よりも多くのシナプス小胞を開口分泌(エキソサイトーシス)させることでシナプス高電流に与える影響を多くすることができます。

 

 

この働きをどうニューラルネットワークで表現するか

 

LIFやIzhikevichといったスパイクニューロンモデルを使ってどうこのSTSPを表現するかというと、出力xに対して、神経伝達物質の不足やカルシウムイオンの流入を表すパラメータuを設定して、x*uの値を引くもしくは足すというのが普通のやり方だと思います(うちの研究室では)。

発火が起きるごとにuの値が上昇していくのでSTDの場合はシナプス後電流に与える影響が下がります。STFの場合はその逆です。

で、uの値は発火がなければ徐々に減少していくように設定します。時定数は0.5から2ぐらいの範囲でしょうか。

まぁ、別にスパイクニューロンでなくても出力を減衰させるようなモデルにしておけば問題ないと思いますけどね。

 

 

なぜワーキングメモリやってて、Short-term synaptic plasticityを勉強したか

 

自分は結合強度は機械学習的(BPTT)な方法で決めるので、直接STSPを扱うことはないんですが、ワーキングメモリの論文を読んでるとちらほらこのSTSPという話が出てくるんですよね。

多分なんですけど、ワーキングメモリの神経回路機構の研究には大きく分けて二つ流れがあって、インターバルも含めたタスク実行期間にずっとニューロンを発火させ続ける回路機構を作ることで情報を保持するハードよりな方法と、このSTSPのようなソフトな(というかケミカルな)方法で発火をともなわずにシナプス状態を変化さえることで情報を保持させている方法があるんですよね。

実際のところどっちが正しいという生理学的な根拠はなくて、インターバル時の発火の持続(遅延発火)も、このSTSPの痕跡も観測されているので、僕はどっちもやっているのではと思うのですが、結論が出るのはまだずっと先だと思います。

お前はどうなんだという話ですが、僕は前者の発火の持続の方の研究をやっていて、STSPのことは修論書き始めた今の時期までノーマークだったのですが、敵を知るという感じでまとめてみました。

認知心理学的な知見をふまえると高次の領域で見られるワーキングメモリは学習によって改善がみられる的な話がありますけど、STSPをメインに考えると長期的なスパンでワーキングメモリを改善するということは考えにくいように思えるんですよね。なんで、物理的な結合によって情報を保持されるという風に考えがちなのですが、実際はどうなのでしょうか?

 

それでは。