ITの世界では「最新の!」とか「高度な!」みたいなセールストークが飛び交っています。

と、同時に開発の現状では、枯れた(使い古された)技術のほうが信頼できる、技術選定で最も重要なことはその技術がシステムやアプリケーションに使用されてきた実績ということも常識として浸透しています。

業界で働き出した頃、この矛盾する2つの概念を前にどっちが正しいんだ?と疑問に思っていました。

それから、様々なプロジェクトの中で痛い目を見続けるという日々を送ってきましたが、地雷原のような状況の中、先駆者のないプロジェクトを推進していくうちに分かったことが2つあります。

1つ目は、技術の新しさや高度さと技術がユーザーに提供する価値は全く関係がない。

2つ目は、最新の技術、高度な技術はそれだけで扱いにくいものであり、開発者だけでなくユーザーにまで負担をかける。

ということです。

この2つから導き出されるIT界の真理は、技術は新しいほど、高度なほど価値がない(可能性が高い)ということになります。

「新しい技術ほど価値が低い」という直接的な因果関係はありません。ただし、「新しい技術ほど、価値が実証されていない」、「新しい技術ほど価値を出すための方法論が確立されていない」という不確実性の高さが結果的にその技術のビジネス的なメリットを喪失させてしまいます。

では、なぜ人は自分たちの持つ技術の新しさ、高度さを誇るのか?その答えは競合他社ができない技術をアピールして差別化するためです。

ただし、他社に真似できない技術を使っても提供価値が高いとは限らず、多くの場合、わざわざ難しい方法を選んで、より少ない価値を提供することになります。

さらに、提供価値が高いのなら高い習得コストを払ってでも皆その技術を使います。でも、他社がその技術を使わないのは使っても価値がないと判断されたからで、多くの場合、差別化された技術を使っても得られるものは少ないという状態になります。

IT界ではその技術を使っている人が多いというのはそれだけで価値があります。理由は世界的に使われていれば多くの不具合や改善案が報告されてさらに多くの人によって改善されていくので、より高速により成熟していくのです。

普通なことは正しいので、誰もがそれをすることでより普通になります。普通じゃないことは何かが間違っていたり、非効率な部分があるので誰もしないから普通じゃないままです。

今のIT業界には、普通じゃなくて価値のないことを「最新の」、「高度な」という言葉で装飾して価値のあるかのように見せかけるという事象が常態化しています(きっと今に始まったことではないですけどね)。

確かに、普通じゃないことのなかにも価値があることがあるかもしれません。でも、それを試すのがあなたである必要は全く無いですよね?

この業界にはベストプラクティスという言葉があります。

ベストは最も優れた、プラクティスは実践手法という意味で使われていて、単語の意味としては最も優れた結果をもたらす体系化された手法のことを指します。

各分野のベストプラクティスの内容をみると至極普通のことが書かれています。業界の常識が整理されたものになっています。

じゃあ、このベストプラクティスがどうやって決まったか個別の手法が策定された経緯を調べると、何かの理論によって生まれたというよりはたくさん考案された手法のなかで失敗が少なかった手法が消去法的に選択されたものが多いです。

冒頭でIT技術で何かを開発することを地雷原を歩くと表現しましたが、この表現はあらゆるプロジェクトに適用されると思います。

この混沌のなかで先駆者の失敗から学んで、失敗するルートを丁寧に避けて歩んだ者がプロジェクトを成功させます。逆にいうと新規技術を使ったプロジェクトは本当に成功率が低いです。

自分が言いたいことは何かというと、人類として失敗を蓄積するのは必要だけど、失敗するのは私である必要はないし、あなたである必要もないということです。

ITの世界は失敗から得られた知見を他社に発信する文化があり、AIをはじめとした最新技術は全世界で我々よりも優秀かつ数倍の給料をもらっている人たちがものすごいスピードで試行錯誤を繰り返しているので、日本の一企業が最新に挑戦してもすでに報告が上がっている失敗事例を再生産するだけで終わってしまいます。

では、この状況でどのような姿勢がベストかというと情報に踊らされずに状況を見極めて数年という期間をおいて、自分たちに本当に合った方法を見極めることです。

数年経って情報が出てこなくなったならそれは導入するに値しない技術だったということです。例えばWeb3やメタバースといった数年前ビジネス活用を期待されていた技術は今はその名前すら聞かなくなりつつあります。

逆に有効であると証明されてベストプラクティスが確立した技術はその技術を実現する知見やソリューション、実装リソースが充実していきます。

例えば、今やシステム、アプリケーションの構築になくてはならないクラウドは、現在個別の要件を実現するためのさまざまな技術的選択肢がありますし、それを実現させるための情報はネットにも無料で公開されてます。さらに、書籍もありますし、生成AIもクラウドに関しては相当詳しいです。

クラウド基盤を提供するプロバイダーも複数存在し各社サービスが充実してますし、それを実装する経験豊富なエンジニアも大量にいます。

技術を取り巻く環境が充実してから動いた方が正しい選択肢を取れますし、時間的にも金銭的にも効率的です。

競合に取り残されるのでは?と焦るのはわかりますが焦る必要はないです。早く取り組んでも、あとから取り組んでも導入効果が出せるのは、世の中に知見が充実してからになるので、結局いつ始めてもビジネスメリットを享受できる時期に大差はないからです。

理由は今のIT技術は複雑すぎて1プロジェクト、1企業レベルでどうこうできるものではないです。正直、IT技術自体に貢献できる余地は減少していっています。

さまざまな知見が企業間で共有されて、それを実現するための材料がベンダーから供給されるようになって、初めて新しい技術を業務に適用できます。

そうなると、結局早く始めた企業も業界全体の環境が整うまで成果を出すことはできないのです。

先駆者として失敗する人間は必要だが、それは私ではないし、あなたでもない

ここで、この記事で最も重要なことを書きます。

パイオニアはいつの時代も称賛されますが、その裏には成功者よりもはるかに多い数の無名で消えていった存在があります。

ファーストペンギンは海中で待ち構えている捕食者にパクっと食べられてあっけなく散るのです。

捕食者がお腹いっぱいになれば後続は生き残ります。

確かに、群れが生き残ったのはファーストペンギンとして、シャチやアザラシの犠牲になった個体のおかげです。

でも、成功者は後ろから全体を俯瞰し時勢を見極めて行動した個体で、食べられてしまった個体はその裏にどんな努力や勇気があったとしても命を落としてしまった時点で敗北者なのです。

そして、現在の状況は自分たちが何もしなくても世界中の優秀なファーストペンギンが高速で失敗を蓄積させベストプラクティスを模索し、さらに得られた答えをネット発信していくわけです。

この状況であなたがファーストペンギンになる必要はないですよね。

しかも、先行するメリットは少し早めに狩場に到着するくらいで、1回の狩りの成果は大して変わらないのだから、先駆者は犬死が確定しているようなものです。

よく、フリーライダーとして2番煎じで成功した後続者が批判されますが、企業活動は慈善事業ではありませんし、技術の発展は社会に必要なことではありません。

あくまで利益追求のための差別化手法の1つとして技術開発があるだけで、模倣されることを承知で先駆者になることも、その成果をまねることも利益に繋がれば、その手段は重要ではないのではないでしょうか?

あなたにとって難しいことはみんなにとっても難しい

周りは自分たちが成功していると吹聴するかもしれませんが、先ほど書いたように、複雑化しすぎたIT技術を一組織の努力でどうこうするのは不可能なので、それができるようになるタイミングは、業界全体でその技術が成熟した瞬間です。

成果が出ていたとしてもある特殊な条件下の中で一部の事例やビジネス全体への影響はほとんどない事例を一般化してあたかも革命的な成果が出たように誇張したものが多いです。

これは、特にAIについて言えることですが、注目されるIT技術で成果を上げたことを主張すると、投資家や顧客からの評価が上がり、株価や売り上げが上がる構造があるので、成果を誇張したり、でっち上げたくなる誘惑が年々強まっています。さらに、技術が複雑化すればするほどその効果を数字で見積もることが難しくなるので、現実を改ざんしやすいという背景もあります。

それを見た周りはその発表を信じて焦り、その技術に注目してしまい、より成果をでっち上げるモチベーションが高まってしまいます。

ここで挙げた技術はほぼAIをイメージしてますが、AIは全く役に立たないわけではないですし、その成果がキャッチーで分かりやすいという特徴があります。

ただ、もう一度冷静になって自分たちが投資しようとしている技術はその高いコストを払っても十分な導入効果が得られるか、その確度は高いか検討するべきです。

そして、少しでも不安材料があるのならいまは、その解決策が知見として蓄積するまで様子をみるというのが技術と向き合う正しい姿勢ではないでしょうか?

かく言う自分も悩まされている一人ですが、楽観的に考えながら、不確実性の高い幻想に飛びつかず、冷静に考えていこうと思います。

それでは。