以前、このブログで「脳科学系の学科に進みたいのだが、いったいどんな進路をとったほうがいいか?」というコメントをいただきました。

このブログでコメントをもらうことはあまりないので、うれしかったですね。

自分もなんとなく脳科学に関係する研究は興味があるなと思っていましたが、そこまで行きたかったわけじゃなくて、修士進学の際にたまたま空いている研究室の中に脳のシミュレーションをやっているところがあったので飛びついたわけです。

半導体から修士で脳科学に鞍替えしたのですが、2年間研究室でひたすら脳の神経回路モデルを考え、日本神経科学学会や脳神経回路学会、ニューロコンピューティング研究会といった学会に行き、日本語だけど学会誌に論文を寄稿して、割とちゃんと脳科学やったと思います。

そんな僕が2年間の経験を踏まえて大学で脳科学やりたい高校生に伝えたいことをまとめます。

 

 

脳科学はどこで学べるのか

 

そのコメントをくださった方が一番聞きたかったところはここだと思います。

結論から言うと、脳科学学科みたいなところはありません。脳科学をやっている先生たちは、生物学(神経科学、分子生物学)、認知心理学、工学(統計学、情報)、医学、薬学、化学などの分野の先生で、自分の専門分野の知識をフルに活かして人間の脳の謎を解明するために日夜足掻き続けている感じです。

ちなみに、やっている人の数は学会に行って出会う研究者の数から考えると、上で挙げた順で、やっぱり生物をバックボーンに持つ人が一番多いです。

で、なんでこんなにいろいろな人が脳科学の正解にいるのかというと、

脳の研究手法で有効なものは存在しない

なんです。

逆にそのほかの研究分野では、何かしらのブレークスルーによって研究効率を各段に上げる研究手法が存在します。

例えば、人体の中で脳の次に複雑な機構を持っているもの一つに遺伝子情報を例に挙げると、人の遺伝子情報を保持しているDNAの塩基配列を読み取る方法にはDNAシークエンサーという専用の計測機器があるんですよね(よく知りませんけど笑)。この機器にDNAを入れると”AGCTAGGC”と自動でDNAを解読してれます。

まぁ遺伝子の研究では、DNAの配列がわかっても、それが人体のどこに関わっているのか一つ一つ確認する必要があるので、このDNAシークエンサーさえあれば何もかもわかるというわけではないですが、今までブラックボックスとされてきたDNAの中身を読み取ることは可能なわけです(ちなみにDNAシークエンサーが開発されたのはつい最近の話です)。

ただ、脳科学ではそのような技術革新は戦前から起きていません。まぁfMRIや脳波測定、光イメージングなどそれなりに計測技術があるのですが、どれも脳の神秘を解明するのには力不足だと思います。

というのも、自分のようなニューロンレベルで神経活動の挙動を見ている人間からすると既存の方法は精度が低すぎるんです。例えば、一つの脳神経細胞は10マイクロメートル程度ですが、今脳細胞の挙動の研究でよく用いられるfMRIの分解能は数ミリメートル程度でだいぶ大きさのオーダーが違います。

さらに、神経細胞どうしの情報のやり取りは非常に微弱な電気信号(正確にはイオンのやり取り)で伝えられますが、fMRIが観測されるのは血流による細胞の活動量の変化でだいぶアバウトです。ついでに、時間的な分解能にも問題があります。

この状況例えるなら、ある一人の人間の一日の生活を調査したいのに、人工衛星のカメラから日本の全国を捉えた画像を一日中眺めているようなものです。

もちろんマクロ的(巨視的)な視点ではfMRIでわかることもたくさんあります、言いたいことは何かというと、皆さんが思い浮かべている脳の研究と現実に行われていることは結構違っている可能性が高いということです。

昔(戦前)も今も脳の研究手法として最も強力なものは脳内に電極をぶっさして、細胞の電位を一つ一つ指す方法です。ただ、人間の脳に直接電極を差し込むわけにいきません(犯罪というか人として終わっていますが昔はやられていました)。

で、自分の研究でも動物の脳に電極を指してとられたデータを参考にすることがありますが、正直これは完全に倫理的にはアウトだと思います。

ということで、脳科学をやる人はまず研究手法から考えねばなりません。で、生物学出身の人は実際に神経細胞を使った化学的な分析をするし、認知心理学の人は心理学的なテストを人にさせてその結果から脳の働きを推測します。統計の人は何をやっているかというと、脳から観測されるデータから統計的に情報の流れを推測していて、同じ脳の研究なのにそれぞれ全然違うことをしているわけです。

自分が属している情報の人たちは何をしているのかというと、シミュレーションプログラムを作っています。神経細胞は脳から取り出すと死んでしまいます(生きていても正しい挙動は示さない)。もちろん、人が人工的に神経細胞をつないでいって回路を作ることも不可能です。

なんで、うちらはコンピュータ上で神経細胞を再現し、それらを接続させ合って神経回路を作ります。(ちなみに、この研究が発展して今の人工知能が生まれるきっかけになったりします)

研究手法が違ってもみんな正しい結果を出していれば、その結論は同じになるはずです。でも、実際はそれぞれの分野で全然違う結果が出ることもザラなので、脳の謎は深まるばかりというわけです。

 

 

理論系と実験系の人がいる

 

じゃぁ、どこで自分は脳科学やればいいの?と悩むと思いますが、一つの尺度として「じぶんがやりたいことは理論なのか実験なのか」ということがあると思います。

理系(一部文系も)の研究は大きく分け理論系の研究と実験系の研究に分かれています。

実際に実験対象を使ってデータをとったり、何かを作る人は実験系、データをもっとに仕組みを考えたり、新しい手法を提案したりするのは理論系です。

で、はっきり分かれているわけではありませんが、脳科学の分野でもこの役割分担はあります。ただ、この分野は全員理論系とか実験系みたいな別れ方はしません。でも、理論系の人が多い分野と実験系の人が分野というのがあるので、どっちがやりたいかによって学部を選ぶといいと思います。

実際の神経細胞を扱いたい人は実験系だと思います。調査やデータ収集も実験系の研究室にいないとできません。

逆に、脳のシステムやメカニズムに興味がある人は理論系に行くべきです。

ちなみに僕は理論系のところにいます。2年間脳科学をやっていたのに神経細胞を見たことはありません。いつも同じフロアにある神経科学系の研究室にマウスが運ばれていくところを見ていますが、正直気持ち悪いし、実験にマウスを使うのはかわいそうだと思っています。

あと、いち神経細胞の挙動に対しては興味がなくて、正直神経に関する勉強は嫌々している状態です。

じゃぁ、なんで脳科学に興味を持ったのかというと、人の脳の拡張性とか学習アルゴリズムに興味を持ちました。なんで、修士の研究は「人の脳の学習の仕組みがわかれば、人工知能の性能を上げられるのではないか」というモチベーションで研究していました。

車を運転したことない中学生とか高校生にいきなりオートマの車を運転させてもたぶん数回練習すれば普通に運転できるようになります。でも、人工知能はもう何年もかけて自動運転をやらせているのに一向に実用化できないんですよね。不思議じゃないですか?

あとは、夢ってどうして見るんだろう?とか、電子機器と脳を直接つないだら便利だなとかそういうことをやりたいなら理論系の研究室をおススメします。

 

 

マクロかミクロか

 

高校生の方など大学に行ったことのない人はマクロ(巨視)とミクロ(微視)という言葉はなじみがないと思います。

ただ、大学ではものすごい重要な言葉で、研究は普段私たちが見ている視点を大きくするか、小さくするということを頻繁にするんですよね。

例えば、人々の地毛の色を研究をするとします。この時、DNAを解析して遺伝子と髪の色の関係を調べるのはミクロ的視点で研究していることになります。

逆に世界の1万人のデータから、住んでいる地域や民族、食文化と髪の色の関係を調べるといしたらそれはマクロ的な視点で研究しています。

あとに、個別に書きますが、僕的に脳科学の2大勢力だと思っている生物学と認知心理学(怒られそう)の人たちはこの視点が違っていて、生物学はミクロ的な視点からボトムアップで研究を進めていくのに対し、認知心理学の人はマクロ的な視点でトップダウンで研究を進めていきます。

 

 

それぞれの分野における脳科学

 

さっきから書いているように僕はどちらかというと工学の人間なので、コンピュータ(電脳)のことは詳しいですが、脳のことはあんまりです。

それでも2年間はガッツリ勉強してきたし、自分の立場はいろんな分野の人の結果を参考にする必要があったので、アウトサイダーとして客観的に脳科学という世界を見ていたような気がします(気がしているだけかも・・・)。

ということで、この記事の核心部分である各研究領域ことの脳科学について書こうと思います。

 

生物学(分子生物学・脳神経科学)

 

一番脳科学の分野で多いのは生物学の人間です。まぁ皆さんが想像に一番近いのもこの人たちだと思います。

何をやっているかというと僕のイメージでは、シャーレで培養した神経細胞やマウスやニホンザルの脳細胞をf-MRI、電極などを用いてデータをとっています。

あと、後で説明する医学や薬学の人みたいに薬を投与したりもするみたいです。

例えば遺伝子操作や投薬によってあり脳の境域だけを失わせたり、逆に活性させることでデータにどう影響が出るのか見たりします。

先ほども書きましたが、この人たちの大部分の人は神経一つという非常にミクロな視点からだんだんと段階を踏んで脳の働きを調べている人が多いです。ただ、今は脳内の全体の働きを調べらる手法が増えてきたので、そういう手法を使う人はもっと全体的な脳の構造を見ています。

これも勝手ば僕の偏見ですが、研究対象が人の脳の働きまで及んでいないのが今の現状だと思います。なんで、普通に脳科学やりたいならここですが、興味の対象が脳というよりは人の行動という人は違うところの方がいいかもしれません。

あと、注意してほしいことは、生物学を学べる学部や学科に行ったからといって脳科学にかかわれるとは限らないです。基本的には脳をメインに取り扱っている研究室に行かないと脳の研究はできません。ついでに生物学といっても、遺伝子や代謝、免疫などの研究が注目を集めていて、成果がなかなか出ない脳科学の研究室は端っこに追いやられている可能性が高いと思います。

とりあえず、今から志望校を決めるという人はその学科に脳科学をやっている先生がいるかを調べたほうがいいともいます。神経をやっている人がいたとしても、脳じゃなくて体のほうの神経って可能性もあります。

 

 

認知心理学

 

人の脳について一番研究しているのはこの人たちです。

この人たちの実験はいわゆる実験じゃなくて、心理学的なテストによって脳の挙動を調べるということをしています。まぁどちらかというと文系の人たちですからね。

正直この人達と直接話したことないので、僕も一体どんな人たちなのかわかりません。あったことがないので一体どこにどれくらいいるのかもわかりません。

ただ、脳のシミュレーションをしている僕はこの人たちの考え方に一番親近感を感じていました。

認知心理学の研究の特徴、脳の出力ありきで人間の行動から逆算して脳で起きてることを考えるところだと思います。たぶん、

神経科学の手法がボトムアップとしたらこちらはマクロ的な視点からトップダウンで研究するというわけです。

だから、正直机上の空論間は否めないですし、よくテレビで紹介されている脳の胡散臭い話のソースはここが多いような気がします(偏見です)。

心理学といっても数学を駆使しますし、統計学とも逆算するという面では似ていますね。

なんとなくでは、神経科学の人とは仲が良くない気がします。僕は学会でよく認知心理学の研究を引用するのですが、毎回いい顔されません。

これは、脳科学に関係するどの研究にも言えることですが、データから仮説を立てても検証する手立てがないんですよね(仮説検証が学問の基本なのにそれができないのはヤバいです)。だから、いろんな人がいろんなことを言いますが誰が正しいのかわかんないのが、認知心理学を含む脳科学の残念なところだと思います。

あと、データを取る人もいると思いますが、基本的に理論屋の人たちだと僕は勝手に思っています。

ちなみに人工知能の父のジェフリー・ヒントンは認知心理学の人です。

もし僕が脳科学世界にこれからも身を置くとしたら今一番勉強したいのはここら辺の話です。

 

 

医学・薬学

 

こっちは打って変わって実験が研究のメインになります。

あと、上の二つの領域と違うところは実用性高い応用研究をしているところが特徴だと思います。逆に前に挙げた二つの学問は基礎研究の中の基礎をやっているという感じです。

この人たちの強みは、外科的な手法や投薬によってデータを集めることができます。

研究テーマも脳や神経のメカニズムのような抽象的な話ではなく、例えば脳内にあるこの細胞の役割なんだとか、アルツハイマーになると脳内にどんな変化が起こるのかとかかなり具体的な話をしています。そういう意味ではミクロな視点で脳を見ているのかもしれませんね。

なんで、唯一この人たちの話がけが、脳の話で机上の空論感がないです。

あと、行動力が高いのかそんなたくさんいないと思うんですけど、いろんな学会にいるイメージです。

 

 

統計学・情報科学

 

なんで、統計とか情報の人が脳の研究をやっているかというと、脳が電気信号でやり取りしているのは信号で、その信号を読み解くには実験で得られた膨大なデータを解析しなくちゃいけないからです。

例えば、fMRIや脳波で得られた、一見するとノイズのようなデータも統計学の解析方法を使えば、そこから脳の各領域がどのように結合しているのかある程度予測することができます。

それらの解析から得られた仮説も神経細胞で検証するわけにいかないので、コンピュータ上で神経回路をモデル化してシミュレーションすることでその挙動を確かめることができます。

ちなみに僕がやっているのはこれです。

さらに、統計も情報も人工知能と密接にかかわっているので、若い人の半分は人工知能の研究に片足突っ込んでいるって感じです。正直人工知能の研究していたほうが楽しいし、お金がもらええるからだと思います。

視点という観点でいうとかなりマクロ的な見方をするので、研究目的や考え方は認知心理学に近いと思います。

完全なる理論屋であり、自分たちでデータをすべがないので、基本分野外の人からデータをもらって研究をするところも特徴的なところじゃないでしょうか。

自分がやってて思ったのは、ここが一番脳をシステムとしてとらえることができずので、メカニズムを解き明かしいる感覚を得られると思います。

 

 

工学

 

情報も工学の一分野なので同じと言ったら同じなんですけど、ソフトウェアではなくハードウェアの面で脳科学にかかわっているひとがいるのであえて分けました。

僕が知っているここの分野の人たちは2パターンいて、一つ目は脳を計測するための機器を開発している人です。もう一つは生体模倣的な観点から義手や義足、ロボットみたいなデバイスを作っている人たちです(脳科学かといわれると疑問・・・)。

あと僕は知りませんけど、医療用の機器や素材を作っている人もいるかもしれませんね。

 

 

脳科学はカオス

 

脳は人類最後のフロンティアみたいなことを聞いたことがありますが、荒野というよりはどちらかというとジャングルという感じで、人を寄せ付けません。

僕は脳の秘密を解明するには人間は能力不足なのではないかと研究しながら思っていました。

面白いのは人の脳のことを考えて解明できないのもまた人の脳というところですね。

確実に言えることは脳を研究するには人間の科学技術はまだ足りてないということです。

おそらく、既存の方法とは関係のない全く新しい強力な研究手法が開発されないと、人類が脳のメカニズムを本当の意味で解明することはできないのではないでしょうか。

なんで、人生をかけて脳科学に挑む気概がある人は、まずは脳ではなく脳の研究の仕方を研究したほうがいいともいます。そして、バラバラだった脳を研究分野を統合して脳科学という新しい研究領域を確立してください。

 

 

勉強するテーマとしては脳科学っていいと思う

 

そんな偉そうなこと言うんだったらお前が大学に残って研究しろと言われそうですが、僕は絶対遠慮します。

こんな世界で生きていく自信はありません。

でも、学部や修士の一時、このカオスの中でいろいろなバックボーン持つ研究者のいろいろな考えに触れてみるのはいい経験だと思います。

 

 

それでは。