Amazon(AWS)がOpenAIに6兆円の投資を決定して、そのお金でOpenAIがAWSの計算リソースを契約したことが、レイジースーザンとか、循環取引とか言われてますね。
まさに、世はAIバブル絶頂!みたいなニュースですが、日本のIT企業(SIer)で顧客のAI導入を請け負っている身からすると、現場と投資家や経営者の動きがかけ離れているように感じてならないんですよね。
いま、株価が爆上がりしているAI企業の経営者の発言がSNSに流れてくると、言っていることが虚構すぎて、怒りを通り越して呆れてしまいますが、この人類が人類に仕掛けた地球規模の詐欺事件AIバブルの真相を、ビジネスの現場でエンジニア・データサイエンティストとして、生成AI関連のシステムの開発・導入をしている立場から整理してみようと思います。
AIはどこまで行っても手段なのに、目的になってしまう理由
「目的と手段を間違えない」これはビジネスの基礎中の基礎であり、新入社員が研修で最初に学ぶことではないでしょうか?
でも、自分でプロジェクトの反省をしていたり、日頃の業務の振り返りをしていると目的と手段が入れ違ってしまうことがあるんですよね。
不思議なのが、何年も業界で活躍してきたベテランの方でさえも冷静に考えると目的と手段が入れ替わっていることがあります。
だからこそ、この目的と手段を間違えないということが業務において重視されるのだと思います。
AIバブルの現状は人類全体が組織として問題、課題を解決するための手段であったAIを活用するということを、AIを活用することが目的とすり替えてしまったという現象だと思っています。
なぜ、このようなことが起こるのか?ユーザー側の理由として考えられるのは、予算を取ったり、決裁をする際にAIを活用することを名目にしているということです。
私がそもそもAIに関わり始めたのは学部4年で配属されていた研究室でした。そこは半導体の研究室で直接AIに関係はなかったのですが、ある研究の助成金の申請書にAIを使用していると書くと通りやすくなるという話を教授が聞き、何でもいいからAIを使っていることにしろという命令が、プログラミングがちょっとできた私に来ました。
そこで、半導体上に配置された粒子の個数を数えるということを、別にAIなんて使わなくてもできるのに、AIを使って計測したのがAIを使い始めたきっかけです。
この時の状況はまだ学生だった自分には理解できませんでしたが、おそらく助成金を運用していた団体がAIを活用している研究室を支援する目的で予算を組んでいて、
当時(2018年)は半導体関係の研究室でAIを活用しているところは少なかったので、助成金の申請書にAIとかくと申請が通るということが起こったんだと思います。
そして、その助成金を獲得するために半導体の研究室の学生が必要もないのに、AIを研究に使うということを目的にAIで粒子を数えるプログラムを組むということが起きたわけです。
正直、手段としてAIよりルールベースの画像処理の方が精度が高かったと思うんですよね。でも、結局目的がAIになってしまったので正しい手段が選ばれなかったのだと思います。
これは今から10年近く前の話ですが、研究の世界から徐々にこのAIによる手段と目的のすり替えは進行していき、もはや人類全体が手段と目的を間違えるまで大規模なものになってしまいました。
現在は投資家が大規模にAIに投資するようになり、それによって企業でもAIを名目に予算がつくようになったので、どんどんAIが目的に変わっていってしまったんですよね。
経営者もAIを活用しているとアピールするために中身が伴わない事例を作ろうとするので、この現象は加速していきました。
莫大な投資を受けているわりには、人類に貢献しないAI。そして、生成AI
抽象的な話をここまで書きましたが、そもそもあなたの業務で、AIによって劇的に改善されたってことありますか?すぐに答えられる人は少ないと思います。
プログラマーは恩恵を受けています。日本語でプログラムの仕様を入力すれば、生成AIがそれっぽいコードを生成してくれて、エラーが出れば生成AIがエラーメッセージを解析し、バグの箇所を突き止めてくれる。自分もコーディング作業にAIは欠かせなくなりました。
でも、だからといって生産性が劇的に改善されたことはないんですよね。いままで、10人で6か月かけて開発していたシステムが5人で3か月で開発できるようになったって話は聞いたことがありません。
せいぜい、10人で6か月かけていたものが8人5か月で完成するようになったくらいです。
開発効率以外の恩恵というと、確かに生成AIのバグの特定能力はすさまじくて、開発の後半に致命的なバグが出ても、生成AIが調べてくれるという安心感があります。
でも、実装以外で私の業務が劇的に改善したと感じる場面はありません。強いて言うなら、私の文章には誤字が非常に多いので、誤字を生成AIに指摘してもらっているくらいです。
他の業種の皆さんはどうですか?革命的に業務が変わったという方はいなくて、恩恵を受けられていると感じている方はいても具体的なビジネスメリットを得られている方は少ないのではないでしょうか?
では、他のITシステムやIT技術はどうでしょうか?
例えばパワポやエクセルといったソフトウェアは普段の業務を劇的に改善してますし、ないと生産性がまったく変わってしまいますよね?
SlackやTeamsのようなビジネスチャットツールがなければテレワークは成立しませんし。電子メールがなくなったからと言って、紙の書面を企業間で送り合うなんて考えられないですよね。
皆さん意識されることはないと思いますが、データベースやインターネット、クラウドといった技術も現代ビジネスの中でも日々大きな価値を生み出してます。これらがなくなったら現代人の生活レベルはあっという間に崩壊してしまいます。
じゃあ、生成AIが社会から消えたらどうなるのでしょうか?多分、今よりは不便だけど、別に何事もなかったかのように、社会は回ります。
AI全般そうです。ある程度実用化できている部分もありますが、その技術を厳密に分類すると狭義のAI(深層学習モデル)ではなく、2000年代に入る前からずっと社会実装が進められてきた、自然言語処理や画像処理といったルールベースのアルゴリズムが広義のAIとして導入されていることもあり、今人類を振り回している金食い虫の深層学習モデルが活躍しているわけではないんですよね。
例えば、AIによる需要予測と言っても、深層学習モデルや第三次AIブーム以降に登場した機械学習的手法よりも、古典的な数理モデルに統計的な予測の方が精度が高かったり、運用上メリットが大きいことが多いです。
というわけで、AIに対する期待値と実際にAIが現場にもたらしている価値には大きすぎる溝があります。
正直投資に対して得られた効果は数桁レベルで少ないと思います。投資家や海外の大手IT企業、AIベンチャーが一般市民から集めたお金を国家予算レベルでAIに溶かした結果がこれですから、ベンダーの立場ではなく一般ユーザーから見たAIには私は怒りすら感じます。
結局、今のAIバブルは投資家や経営者がお金を回すためにでっち上げた虚構
数年前までは、AIはIT技術としては導入する側からの認識では正直なかなかはまった適用先がすくなく、「AIで解決できないか?」という相談を受けても、他の手法の方がいいとか、そもそもこれはITで解決する問題ではないよね?ということが多い、どちらかというとニッチな玄人向けの技術でした。
会社の同期にAIプロジェクトをやっていると言うと、「物好きねぇ」という反応をされる。そんな空気感はここ数年で一気に変わったと思います。
なにがここまで世界を変えたのか?
投資家や経営者、そしてAIを提供するベンダーや研究者がAIを合言葉に狙った場所にお金を集中させるため、AIは輝かしい未来を生み出すという幻を作り上げたということが、これほどまでに劇的に世界を変えました。
どうして、この現象が起こったのかというと、AIには3つの特徴があるからです。
まず、1つ目が中身がブラックボックスになっていて専門家ではないと理論的に仕組みを理解できないというか、ぶっちゃけAI専業の人間でも理解不能というか、細かいところは学術的にも理解されてないところです。
2つ目が導入効果をお金や時間で定量的かつ正確に算出するのが難しく、測定方法を恣意的にコントロールしたり、言い方を工夫すればいくらでも抽象的に成果を盛ることができる。しかも、AI関係者は統計に詳しい人間が多いので、検証に使用するパラメータやアルゴリズムを操作して効果をでっち上げるのが得意ということがあります。
この2つの特徴がまず虚構を作り上げることを容易にし、さらにその虚構を崩すことを困難にしました。
そのうえで、3つ目の特徴(生成AIに限る)の役に全く立たないわけではなく、コード生成や画像生成といった誰にでもわかりやすくキャッチーな成果物を生成できるという特徴もあります。
正直、プロレベルで活用するのは難しいけど、個人がプライベートで利用しやすい十分な出力が出るので、人々が飛びつきやすいと考えられます。
さて、この虚構によってAIをキーワードにお金を集め、一時的に投資価値を上げるというマネーゲームにAIが利用されるようになりました。そして、そこで語られるAIはIT技術としての地味で泥臭い実状とはかけ離れた魔法のような存在になったのです。
AIを提供するベンダー側からすると、幻を見て魔法を信じたユーザーにAIを提供すれば必ず期待を裏切ることになります。虚構をでっち上げることに加担したので自業自得ですが、AIが社会に広まるほど自分の首を絞める結果になったのです。
ベンダー側にも、AIを目的にしてしまう理由がある
先ほどから書いていますが、AIは1つのIT技術に過ぎないので、実際にプロジェクトにおいて要素技術として採用するかは、プロジェクトメンバーの判断に委ねられます。
数多くの技術から公平に最も適した技術が選ばれるべきですし、実際、以前は機械学習ではなく統計的な手法が選択されるとい場面が多かった気がします。
それがAI界隈にはゴールドラッシュ的に人が集まるようになり、統計に詳しくないのにデータサイエンティストを名乗る人も増えてきて(自分もその一人かもしれませんが)、業界全体に有象無象のカオス感が増してきました。
そして、IT以外からやってきた人も多かったと言う点と、ちょっと昔のAIは扱いが難しすぎてAI専業で取り扱わないと手に負えないものだったということが原因で、AIをやってる人は解決策としてAIしか提示できないという状況を生み出しました。
これと同時に、顧客側もAIに対して予算をつけたり、AIありきの課題を提示するようになったので、いつからかベンダーも課題を解決することによる顧客価値よりも、AIを導入すること自体を目的に動くようになったわけです。
まぁ、単純にAI関連の事例を増やせればマーケティング的に優位に立てるとかそういう下心もありますけどね。
こうして、業界全体がAIに縛られることで、もはや人間はAIを手段として利用する側から、ありもしない虚構をでっち上げて、AIの普及のために働くAIの奴隷に成り下がりました。
これが、人類全体がAIを手段から目的にしてしまった経緯です。
私はまだ遅くないのでAIブームが終わる前にAIをもう一度手段に戻し、AIの奴隷となった関係者を解放する必要があると思います。
それは同時にAIの過剰な投資を適正化することであり、AIバブルを収束することにつながります。
AIブーム真っ只中の今こそ、AIによってもたらされる本当の価値はなんなのか、そして打ち砕くべき虚構はなんなのか建設的な議論をすべきではありませんか?
私もまさにこの構造の一部になってしまっていますが、少しずつ本質的なビジネス価値を創出しそれに見合った金額が動くという現実的かつ建設的な方向に進んでいければと思います。
それでは。



