普通に生きていて、一生の中で死人に口なしと思うことってどのくらいあるのでしょうか?

いや、意外とあるのか?

世の中の人がどういう状況で死人に口なしと思うのかわかりませんが、少なくともあまりいい状態ではないと思います。

ちなみに、私はあります。しかも大学時代にやっていたスーパーのレジ打ちのバイト中に死人に口なしと思いました。

「いや、レジ打ってて死人に口なしってどういうことやねん?」って思うと思いますが、確かにあのとき人の訃報を聞いてホッとしてしまったんです。

というわけで、大学時代に死人に口なしと思った話を書いておきます。

登録済みの商品を入れるカゴを覗く常連のおじいちゃんがいた

私が大学時代にバイトしていたスーパーは、都内の店舗でしたが駅から遠くに位置した激安店でした。

別に住宅街にあるわけでもない川沿いの店舗で、安さで集客しているせいか、本当に色んな方が来店されてきて、世の中こんなにも変な個性豊かな人達がいるんだなと思いながら働いてました。

そのなかに、登録済みの商品を入れるカゴをじーっと身を乗り出して覗いてくる常連のおじいちゃんがいたんですよね。

おそらく80代後半か90歳を超えてるくらいの高齢のおじいちゃんでしたが、一言も言葉を発することはなく、手が震えて財布からお金を取り出すことができなくて、会計時は財布を渡してくるので、いつも店員の私が小銭を出して会計を済ませていました。

それは別にいいんですけど、登録済みカゴを覗かれるのは迷惑だったんですよね。

なぜかというと、レジで登録した商品を登録済みのカゴに入れるのに邪魔だからです。

スキャナでバーコードを読み取った商品をカゴに入れるわけですが、目線は商品の金額を読み上げるためにディスプレイを見なくてはいけなかったので、カゴの中身をイメージしながらノールックで商品をカゴに詰める必要がありました。

なので、客の頭がカゴの上にあると本当にやりづらいですよね。

そもそも、金額の読み上げなんて他の店舗ではやってないし、客側のディスプレイにも表示されるので必要ないんですが、そのスーパーではやらないと社員に怒られました。しかも、薄利多売のお店だったので、レジ待ちの列がレジの反対側の壁まで続いてしまって、大体どの客はイライラしているので、とにかく焦りながらスピード重視でレジを打ってました。

自分もよく、そのおじいちゃんに「カゴにお顔を近づけないでください」と注意してましたし、他の店員も注意していましたが、もうボケてしまっているのか全然聞いてくれなかったですね。

たまたま立派な1本の大根を購入されていた

そのおじいちゃんはいつもはカップ酒とお惣菜くらいしか買っていかないのですが、その日はたまたま太めの大根を1本丸々買われていたんですね。

もう料理をするようには見えないし、こんな大根を家まで持って帰れるのだろうか? いつも来るけど家は近いのだろうか? そんなことを思いながら、タッチパネルで大根を選択しつつ、いつも通り一瞥もせず大根をカゴに入れようとすると、ゴーンと何かが大根に当たった鈍い感覚がしました。

やってしまったと思ってカゴを見ると、大根を入れるためにあえて空けていた、おじいちゃんの頭が、登録済みの商品のカゴの真ん中の空間に収まっていました。

「大丈夫ですかー!」と声をかけたのですが、返事もないしカゴに突っ伏したまま動きませんでした。

多分、1分くらいだったと思いますが、その沈黙の時間は私には永遠に感じられました。

列に並んでいた他の客や別のレジの店員も異変に気づき、その安否が気になりだした頃、おじいちゃんはおもむろに頭を上げて、私の声かけにうなずきました。

クビになる恐怖

それからのことはよく覚えてませんが、そのおじいちゃんはそのまま無言で帰っていきました。

ただ、店舗にあとからクレームが入ることはよくあるので、例えば本人ではなくても、その話を聞いた家族がクレームの電話をしてくるのではないか? と思いました。

もし、クレームが入ってこのことが社員にバレたら確実にクビだろうとビクビクしながら、しばらく働くことになりました(今思えば人手不足だったしクビにはならなかったと思いますが、クレームが入ると客の家まで謝りに行くことはありました)。

バイトをしていない時間でも、なんとなくおじいちゃんを大根で殴ってしまった後ろめたさを感じながら生きていたわけですが、それからそのおじいちゃんのレジを打つことはありませんでした。

当時は週に1回か2回しかシフトを入れてなかったので、それは珍しいことではなかったですが、3ヶ月くらいしたある時、ベテランで店舗の近くに住んでいるバイトのおばちゃんが、「そういえばよくうちに来てた〇〇さん(大根で殴ったおじいちゃんの名前)、最近来ないと思ったら先月亡くなったらしいわよ」と唐突に言いました。

客も店員も地元の場合は、店員同士で客の個人情報の話をすることはたまにあるのですが、それを聞いた時、私はホッと心配ごとがなくなる感覚がしました。

まだクレームが店に入ってないということは、おじいちゃんは私に大根で殴られたことを墓場まで持っていってくれたということで、亡くなったということは、これからもクレームが入ることはないということです。

バイトの帰り道、月に1回会うくらいの頻度でしたが、自分のバイト先によく来ていた常連さんが亡くなったのは寂しいことだなとちょっとだけ思うと同時に、死人に口なしという言葉が頭に浮かびました。

それから、切られてない1本の大根を見ると、あのおじいちゃんを思い出します。

それでは。