PoC芸人って言葉を知ってますか?
知らないですよね。自分も会社と同僚から悪口として「相変わらず、まだPoC芸人やってんの?」と言われたのが最初で最後で、他じゃ聞いたことないです。
一応PoCについて説明すると、ITシステムの構築や導入の際に、本当に技術的に可能なのか?実用性はあるのか?どんなシステムを構築すべきか?検討するためによくPoCという検証プロジェクトを行うことがあります。
簡単に言うと、簡易的にプロトタイプとなるシステムやアプリケーションを主要かつ難易度の高い部分だけ実装してみて、そもそもこれって開発する意味ある?というところを試す短期間のプロジェクトがPoCです。
特に、AI技術がITシステムの内部で活用されるようになってからは、事前にAI部分がまともに機能するのか、検証する必要があり「まずは、PoCをやってから」という流れが増えてきました。
かく言う自分も、社会人になってから数年はひたすらAI系のプロジェクトのPoCを進める日々だったのですが、2020年代前半の頃に関わったPoCの成功率(実運用に至る確率)は1割を下回るどころか数%以下でした。
当初の計画通り数ヶ月でPoCを回しても、顧客の要望には応えられず追加のPoCを実施する。それが数回繰り返され、先方の予算が尽きるか、担当者のこころが折れてプロジェクトが消滅するというの繰り返しでした。
たとえ、PoCを抜けたとしても、システム化できず実運用には持っていけないことも多かったですし、アプリケーションとして導入したところで結局ビジネスメリットが出せずに誰にも使われないというパターンもありました。
私が働いているのはいわゆるSIerでシステム開発会社なので、PoCで稼いでいるわけではないです。メインはその後のシステムの開発部分でPoCはおまけのサービスみたいなもんです。
それなのにPoCばかりやっている自分を皮肉って同僚にPoC芸人と呼ばれたわけですが、言われた時にまさに自分の今の現状を表していてショックを受けました。
要するに私は、PoCを通じて関係者を満足させる道化だったんですよね。
いつもよりPoC多めに回っております
最初の頃は社内の営業やプロジェクトマネージャーが顧客から取ってきたPoCプロジェクトを丸ごと渡されて、数ヶ月で検証していくということに何の疑問も持っていませんでした。プロジェクトは全くうまくいきませんでしたが、PoCがうまくいかないのは自分のスキルのせいだと思ってましたし、これが正しい進め方だと信じていました。
ただ働くにつれてだんだんと、「そもそも課題設定が最初から技術的に破綻している」とか、「たとえ機能したところで、業務で使っても導入効果が出ない」ということがわかるようになってきて、プロジェクト自体を進めることに疑問を持つようになりました。
そもそも、PoCは実現可能性を検証するためのものなので、駄目なら駄目と分かることが成果です。また実施する前からある程度結果を見通せるようになったのも、これまで何度もPoCを回してきたことで知見が蓄積したということなので、それはそれでいいことだったんですよね。
問題はだからといって実施する価値のあるPoCの依頼はめったに来なく、筋が悪いと思っても断ってしまったら仕事がなくなるので受注するという状況になっていたことだと思います。
顧客側もAIを名目に予算がついていたり、AI関連の事例を作って社外に発表するのが目的だったりして、成功率が低いと分かっていてもPoCを実施せざるをえないという状況がありました。
そこで自分ははじめから失敗するとわかっているPoCを”スペクタルかつダイナミック”に推進するということを覚えていきました。
具体的に言うと、どっちにしろ失敗することは目に見えているので敢えて難易度が高く知見が世の中にない技術を選んだり、あらかじめ解決策も検討したうえで、マッチポンプ的に問題を発生させて、プロジェクト進行難易度を上げたあとに出来レース的に解決するということをやっていました。
最終的な成果は実運用可能なものとは程遠いものですが、それでも報告書は紆余曲折や試行錯誤の果てに生まれた知見がドキュメンタリー小説のようにまとめられているので、顧客は満足して社内に持って帰っていきました。
でも、SIerである我々からすると、そのモデルを運用するための後続のシステム開発プロジェクトが発生しないとメリットが全然ないんですよね。
なので、社内からは謎なことをやっている謎の存在となりいつしかPoC芸人と揶揄されるようになったわけです。
2026年現在のAI・データサイエンスプロジェクトにおいてPoCは不要
第三次AIブームが始まったのは2012年と言われています。つまり、AIという技術は、深層学習やそれ以前から存在したデータサイエンス的な手法も含めてもう全然新しい技術ではなく、安定した、そして業界的な言葉で言うと徐々に枯れていく技術です。
その最たる例が生成AIでAI技術これに極まれりという存在であるわけです。
そして、業界やエンジニア個人にもそれを扱うための知見が十分に蓄積しました。
したがって、高い不確実性のあるテーマ自体がおかしいと言えます。自分が業界に入ったばかりの頃は、確かにうまくいくか全然分からないということは多かったですが、技術もそれを扱う技術者も成熟した現在、不確実性が高い(成功させる方法がわからない)ということはほぼうまく行かないということと同義です。
従ってPoCを完全に否定するわけではないですが、昔みたいにPoC芸人として、長期間PoCを推進するデータサイエンティストは不要になりました。
というわけで、私もPoC芸人としての需要がなくなり、この空虚な日々は終わりを迎えたわけです。
もちろん、生成AIに関してはまだ未知数なとこがあり、ベストプラクティスが確立されたとは言い切れないところがあります。しかし、登場したばかりの頃のような底知れぬ状態ではなく、ある程度”たか”がわかった状態にはなりました。
PoC芸人はいわゆるブルシット・ジョブ
これも個人的な暴論ですが、IT業界において何周も遅れている日本企業はハードではなくソフトウェアにおける研究開発を実施する意味は年々薄れていると思っています。
まだ、ミドルウェアの研究開発においては、日本企業が担う役目はあるのかもしれませんが、ソフトウェアにおいては他国のエンジニアの方が開発し、実際にビジネスに活用されて、ベストプラクティスが確立した安定した技術をありがたく使わせていただくという謙虚な姿勢が大切だと思います。
ただ、それでも夢をみたいのもわかります。自分がPoC芸人としてPoC芸を披露していたお客様はかつては世界一の技術を持っていたような大手の製造業のお客様が多かったです。
ハードウェアの分野ではまだまだ現役なのかもしれませんし、ものづくりの主戦場がソフトの世界に移行した今、外注してでも海外のいわゆるビッグテックにも負けない夢をつかむために、PoCという宝くじを買いたくなる気持ちはわかります。
ただ、宝くじ感覚で世界に先行することはできないんですよね。
あと、別に本業で優位性を持っていればITの世界で一番になる必要はないんです。
なので、努力が無駄になりやすい先駆者にはならず、一旦落ち着いて状況を見極め、ベストプラクティスが確定したらそこに集中的にリソースを投下する。これでいいと思います。
あと、何度も言いますが、AIはもう10年以上現場で使われている枯れた技術で博打を打って取り組むようなものではないですね。なので、今さら焦って取り組むことはないです。
競合はAIを活用しているから早く動かないと遅れを取るのでは?と思ってしまいますが、実際にAIやデータサイエンスを活用して大きな利益を上げてるのは、GAFAのようなIT企業です。
普通の会社は海外企業も含めAIに入力する上質なデータを持っていません。質の低いデータを入力してもAIやデータサイエンスで得られるメリットは限定的ですが、データ活用を念頭にして自身の業務や使用する業務システムを設計してきた会社はなかなかありません。
正直なところ、今AIを活用できていると主張している会社は投資家からお金を集めるためにハッタリをかましているだけです。
したがって今は冷静に社内と社会の状況を見定める段階ではないでしょうか?



