女子校、男子校あるあるの中に、先生を本気で好きになってしまうという話があるそうです。
32歳の男がこんなことを書くのは単純にキモいと思いますが、自分にも心当たりがあって、高校時代古典の先生のことが好きだったことがありました。しかも、先生はその時38歳で、通ってた学校は共学です。
当時、自分のことを好きだと言ってくれる人はいたのに、あの時の自分の頭の中にあったのは先生のことだけで、先生の年齢が今の自分よりも6歳も年上と考えると狂っていると思いますが、その時はとにかく先生でした。
とはいっても、直接会話することは多かったですが、どちらかというとアイドル的に先生を推していたという感じなので、ガチ恋というい方がしっくりきますね。
ちょっと当時のことを書きたくなりました。一定数の方には共感される内容な気がしますし、逆に全く身に覚えのない方には理解の助けになるかと思いますので、淡々と当時の出来事をまとめてみます。
最初に先生から声をかけられて自己を肯定されている気がした
先生は自分が高校2年生の時に県内のかなり離れた北の方の高校から転任してきました。
そして、先生の古典の授業を受けるようになったのですが、最初の授業後に、私の名前が先生が愛読書にしている古典文学の主人公と同じだと声をかけられました。自分の本名がバレるので作品名は書きませんが(別に隠してないですが)、日本最古メロドラマのあれです。
当時、進学校に進んだものの、学校成績は下から数えたほうが早くて、部活の成績も良くなく、生活態度は悪いほうで、全然ぱっとしない自分が、初めて先生というコミュニティの上位の存在に特別扱いされたと感じました。
これは今も思うんですが、努力で後天的に得たものよりも、生まれながらに持ち合わせた先天的な形質を認められたいんですよね。自分の言動とか今の状態関係なく存在そのものを肯定されたいのです。
自分の名前は先天的とは言い切れませんが、自分が生まれる前から親に決められていて、これまでもこれからも決して変わらないという意味で、名前は自分そのものであり、それを先生のほうから認められたということに、決して満たされることがなかった承認欲求を満たされました。
それからは、先生は私にとってお気に入りの先生で、自分は先生の(たぶん)贔屓の学生という関係になりました。
授業の合間の雑談で、先生はこれまでの恋愛で付き合った男性の話をよくしていました。正直今思えば、「赴任する前に8年付き合っていた年下の男に結婚する気はないか聞いて、なさそうだったから別れたから、引っ越ししようと思って転任届だした」みたいな大人の恋愛事情を学生に話すのはどうなんだろうか?と思ってしまいますが、高校生の自分には恐ろしく刺激的でかっこよかったんですよね。
先生を意識したのは合唱コンクールで学生服を着てステージに立っていた姿を見たとき
これも共感される方は少ないと思うのですが、若作りをして年甲斐もないことをしている人って謎の魅力があると思いませんか?
2年生の初夏、県の市民ホールを貸し切って行われた全校の合唱コンクールで、先生が学校の学生服を着て自分が担任しているクラスの学生に混じって壇上に上がってきました。
本人もウケ狙いというか、話題性を求めてやったことだと思います。もしかしたら、合唱が好きだったのかもしれません。でも、わざわざ学生服を着ていたのは、今振り返ると、教員である自分も目立ちたかった部分もあったのかもしれません。。
先生の思惑通り、この行動は学生たちのあいだで話題になりました。それはその行動の痛さを面白がるものだったと思うのですが、私は先生が壇上でふざけた格好をしながら真面目に歌う姿に釘付けになってしまったんですよね。
それから、先生と会話すると少しドキドキするような感覚を感じるようになりました。あ、これヤバいなという感じでしたが、自分は各クラスに何人かいるお気に入りの1人に過ぎないし、学生と教師という関係でどうにかなることもないので、低血糖低血圧の朝に、先生に会えると思うことで心拍数が上がってシャッキリ目覚められるのでむしろ好都合と思いました。
1年に50回以上遅刻する不良生徒でしたが、古典の授業がある日はいつもより早く目が覚め、遅刻もしませんでした。
ここまで、書いてある程度察しがつくかもしれませんが、先生の容姿は若い時はチヤホヤされてたかもしれない(失礼ですが少なくとも今はめちゃ美人というわけでは無い)けど、今はおばさんなりかけって感で、それでも本人はまだ容姿に自信があるそんな人でした。
そして、すごい若い服を着てくる時もあれば、落ち着いた年配の人向けの服を着てくることもある。言動も少女漫画の世界を生きているのか?みたいな時もある。その危うさのことを考えると授業どころではなくなります。
国語の準備室に入り浸ることに
決して国語は得意ではなかったですが、現代文も含めて先生がクラスの定期テストの採点をしていたので失望されない様に必死に国語の勉強をし始めました。
贔屓の生徒であり続けるのも楽じゃないです。でも、理系の大学を目指していたし、読書どころか漫画やアニメ、映画もあまり見ないでサッカーばかりやっていたので、初めは頑張っても平均点をちょっと超えるくらいが限界でした。
教科書がテスト範囲の場合は文章の暗記はもちろん、教科書の解説書を読み込んだり、友達が通っている塾からうちの学校の過去問を取り寄せてもらい過去問と模範解答を覚えました。
先生から自分の担当クラスだけ平均点が低いから教頭にいびられていると言われたので、解説書の解説と過去問から作った一問一答集をクラス全員分印刷して配りました(家のコピー機を使いましたが親に怒られて数回でやめた気がします)。
完全に推し活ですね。推しのためなら何でもできると思いました。
採点された答案が先生から配られたら、授業後に国語の準備室に直行して、あれやこれやと言い訳をしながら、答案のバツを三角に、三角を丸に変えてもらいました。
毎回、定期テストの答案で10点は点数を上げてもらってました。
もともと、先生の授業を受けるまでは平均点を超えずに赤点も普通って感じでしたが、推しのためにテスト勉強に励み、自力で70点以上は取れるようになり、さらに、答案が返された後におまけで20点近く点数を上げてもらったこともあったので、90点超えて、校内に張り出されている成績優秀者に名前が載ったこともありました。
それから、テスト以外でも準備室にいって熱心に授業で分からないことを質問するようになりました。今思えば、推しの先生に勉強を教えてもらえて、しかも成績まで上がるなんて、なんて素晴らしい推し活なんだと思ってしまいます。
そんな日々のおかげで数学が全くできないのに、国立理系の大学を受けた自分はセンターの国語得点源になりましたし、今はブログが趣味で、読書もそれなりにして、登場人物の心境を考察するのが好きになったのは先生の影響があると思います。仕事でもかなり文章を書くようになったので、この日々はその後の人生においてかなりプラスになりました。
授業も分かりやすかったと思います。先生自体が非常に本が好きな方でしたが、文章の楽しみ方を教えるような授業でした。そもそも先生自体が文学みたいな人だったので、私にとっては恩師と呼んて言い存在でさし、ほかの学生にとってもいい先生だったのではなくでしょうか?ただこういう性格なので、担当していた部活の部員や一部の学生からは嫌われていきました。
先生に眠れなくなるかもと言われて自分が眠れなくなった
3年生になると先生は古典の担当から現代文の担当になるのですが、私の推し活はエスカレートしていきました。
ありがちな話かと思いますが、表立って呼ぶ人はいませんでしたが、学生の間では先生はあだ名で呼ばれてました。
そこで、自分はたまに敢えて本人に対してもあだ名で呼びました。先生を推している学生は他にも数人いましたが、あだ名で呼んで怒られないのは自分だけだったので優越感がありました。
そんな中、休日午後の部活の練習の後、忘れものを取りに校舎に向かうことがありました。サッカー部でしたが顧問の先生は校庭から直帰していて、しょうがなく校内に入るために職員室のドアを校外から叩いたのですが、職員室にいたのは先生だけでした。そこで、忘れ物がある別の棟の教室まで先生と2人で取りに行くことになりました。
日が傾く中、渡り廊下から校内のどこにも明かりがついてないことに気づき、いま学校で先生と自分2人きりだと実感したことで、高校時代で一番ドキドキしました。
興奮というよりは緊張って感じで、いつも通り雑談をしながら並んで歩いていましたが、動揺していることがバレないようにすることで必死でした。
忘れ物はすぐに見つかり、先生にお礼を言って職員室から校外に出たのですが、真っ暗な帰り道を歩きながら今日は死ぬほど疲れたなと思いました。
この話も重要なんですけど、文化祭の思い出が一番大事ですね。
クラスごとに教室で企画をやって、学年ごとに投票で最優秀の企画を選ぶというありふれた文化祭なのですが、自分のクラスは餃子とタピオカ?を出す中華屋という企画になりました。で、深くはつっこまないで頂きたいのですが、紆余曲折あり集客のために私含めクラスの男女4人でチャイナドレスを着ることになりました。
せっかくだからと、部活も丁度引退したところだったので7キロダイエットし、髪も校則ギリギリまで伸ばして、校則違反のストレートパーマをかけました(当たり前ですが、全身の毛も剃りました)。
その努力が実ったのか、他校の女子高生や女子中学生から一緒に写真を撮ってほしいと、頼まれまくる人生最高の日になったのですが(普段全く写真は撮り慣れてなくて表情を作れなかったたので写真の出来は最悪だったと思います)、それ以上に当時の自分にとっては刺激的なことが文化祭が終わって人気がなくなった校舎で起きました。
当時私は文化委員会の委員長をやっていて、文化祭の全体の企画もやっていました。というわけで、最後の学年ごとの企画の投票結果の発表も自分がやることなっていました。
ただ、その時の自分の対応は最悪で、2年生の優秀企画を間違えて発表してしまったり、3年生の優秀企画として自分のクラスを発表し、文化委員の自分の代わりに壇上に上がる人を決めてなかったがために、一瞬悩んだあげく発表した本人が壇上に上がったら、壇上で笑われてしまい全校生徒の前で赤面するということがありました。
ちなみにこの事件は自分が一浪して入った大学で、同じ高校からストレートで入ってきて同級生になった高校の後輩に、顔合わせして真っ先に「文化祭で2年の優秀賞のクラス間違えて発表して、3年の優秀賞を自分で発表して自分で受け取ってましたよね?」と言われたくらい大事件でした。
その後、ほかの生徒が帰る中、委員会の担当教員に怒られながら、片付けを済ませていたので気づいたら校内に生徒はほとんどいなくなっていました。
「誰もいない校内って怖いな」と思いながら早足で下駄箱に向かっていると職員室の前で先生にばったり出会いました。先生は教員の打ち上げに向かうから校舎を出る途中と言っていて、校外まで一緒に出ることになりました。
恐らく自分は先生に対して全力で尻尾を振っていたのですが、先生は自分がチャイナドレスを着たことを突っ込んできて、職員室でも話題になっていたと言ってきました。
私も先生に自分のチャイナドレス姿をみてほしかったと正直に伝えたのですが、その後に、
「えー、見なくて良かったー。見たら眠れなくなるとこだった」
と言われました。
眠れなくなるってどういうことなんだろうか?という疑問とともに、頭に血がのぼる感覚がしました。
その後はクラクラしながら校舎の外で先生と別れて、またトボトボと暗がりの帰り道を歩いていたのですが、頭の中は先生の言葉で覆い尽くされてしまい、その後の塾の授業でも「眠れなくなるってどういうことだ?」という疑問で全く集中できなくなりました。
布団のなかでもそれまでの連日の学校全体とクラスの文化祭企画作業で疲れていたはずなのに、1つの疑問の答えを出すために頭が冴え渡り、先生ではなく自分が明け方まで眠れなくなりました。
たしか、文化祭は日曜日だったのですが、次の日の朝には普通に授業があって、どっと疲れこみ上げてきたので学校を休もうと思ったのですが、先生の授業があったので登校しました。
授業で先生が元気に昨日はたくさん飲んで楽しかったと言っていて、きっとこの人は自分のことなんて忘れて飲み会のあと爆睡していただろうし、叶うことなら自分のチャイナドレス姿を見て眠れなくなってほしかったけど、思わせぶりなことを言っているだけで全然そんなことはないんだろうと思って絶望しました。
3年生の冬にある日突然避けられようになった
先生はそんなつもりはなかったのかもしれませんが、ここに書いてないことも含めて先生の危うさに心を乱されるほど、深みにはまってしまい、ただの推し活に収まらなくなっていきました。
3年生の後半にはほかの学生が嫌がる職員室掃除担当に毎回率先して立候補し、校内清掃の時間で先生が職員室の自席に来ると、堂々とサボって先生に話しかけていました。
そんな中ある日突然、掃除の時間に先生が職員室に来なくなって、授業外で廊下や準備室で話しかけても素っ気ない態度を取られるようになりました。
受験直前で、理系クラスだった自分はまともな国語の授業がなく、しかも苦手な数学をなんとかするほうが優先順位が高かったので、単純に接点がなくなってしまったというのはあるかもしれませんが、高校生の私は明らかに避けられていることを自覚しました。
あからさまにしつこくしすぎたし、思い上がって贔屓の学生以上の待遇を望んでしまったがために嫌われたのだと思いました。このあと、大学生時代に何度か失恋的な経験をしますが、感覚的にはまさにあれは失恋だったと思います。
むしろ、人生で最初の明確な拒絶を感じたわけで、人生最大のショックでした。
今思えば、ほかの教員から自分を特別扱いしすぎだと注意されたのではないかと思います。てか、そうであってほしい。
それで、ちょっとでいいから私のことで葛藤していてほしい。
いや、そんなの私が勝手に思ってるだけで、先生はなんとも思ってないのでは?と思うかもしれませんが、一つ先生が私だけではないですが、学生を意識している証拠となる出来事があります。
2年の後半くらいに先生が1週間だけ左手の薬指に指輪をしていたことがあるんですよね。
当然男子生徒の中で、婚約したのでは?という噂が流れました。
で、ある日突然授業中に自分で指輪をしていたことに言及して「私が結婚するんじゃないかと思って、みんな残念がってくれた?」と言ったんですよね。
明らかに、自分を推している学生がいる前提の発言で客観的に見れば悪寒がしますが、まんまと私はその時「推しの幸福は喜ばないとけない」と自分の心に言い聞かせながら登校していたので、安堵と怒りを同時に感じました。
先生には未婚の女性という属性もあったのですが(実際、ショッピングモールや映画館で男の人と二人きりでいるのを何度か学生に見られていました)、いわゆる姫属性的なものもあって、自分主人公な思考があったのだと思います。確信犯ですね。
自分も取り巻きの1人として適度に餌付けされていたわけですが、当時の自分にとっては初めて会った時に自分の名前を褒められただけでも先生に心酔するには十分でした(チョロいですね)。
私は好きなものには羞恥心を捨てて尻尾を振るタイプなので先生にとっても、さぞかし餌付けしがいのある学生だったのでしょう。
でも、周りからみたらだいぶ滑稽ですよね。
やっぱり教員が特定の学生を贔屓するのは良くない
自分と先生の名誉のために書いときますが、あくまで学校だけのやりとりで、学生と教員の関係でこれをやっているから面白いわけで、それ以上のことは何もありません。
私も年中に先生のことを考えてたわけではないですし、先生はそれこそ取り巻きの中でよく懐いた(懐きすぎた)学生という認識だったと思います。
まぁ、ちょっと歪だけど、「あのアイドルが好きなんだよね」とか、「あの芸能人タイプなんだよね」くらいのノリで先生を推してました(3年生の後半はそれじゃ収まらなくなっていた)。
最終的に卒業式の日に親にカメラを持たせて、式が終わった瞬間にダッシュで先生のところに行って写真を一緒に撮ってもらい私の推し活は終了しました(腕くらい組んでもらえばよかった)。
その後、一度だけ大学時代に帰省途中の駅のホームで先生を見かけましたが、一瞬追いかけようと思ってやめました。
部活の顧問と一度電車内で会って、その時は混雑を掻い潜って挨拶に行ったので、その時先生には話しかけなかったということは、まぁそういうことですよね(逆に行かないと失礼ですけど)。
まぁ、こういう流れで一線を越えちゃう人もいると思います。その気持ちは分からなくはない。
そもそも教師と学生の関係性だと、年齢的にも立場的にも人数比的にもあまりにも非対称なので、教師が学生を贔屓するのは良くないですね。これは自分を擁護する発言ですが、こういうのって人生経験が物をいうところもありますし、需要と供給の原理が働くので弄ばれたら、学生側はなす術ないです。
もちろん、みんな引っかかるわけではないですけど、必ず何人かは引かかってしまいます。
そんなの当たり前ですけどね。
じゃぁ、過去に戻ることがあったらどうするかというと、反対のこと書きますが迷わず先生への推し活は続けると思います。退屈な高校生活を推し活に変えることで、毎日高校に通う動機もできて成績も上がるなんていいことづくめですね。しない理由がないです。
でも、もっと上手く健全に推し活をやると思います。先生含めて周りに迷惑をかける言動はダメですね。オタクにあるまじき行為です。
といいつつ、こういうことも人生経験が全てだと思うので若造の私はどう足掻いても先生に転がされます。という意味でやっぱり大人がしっかりすべきですね。
ということで、高校時代に教員にガチ恋してしまった学生が10年以上後に書いた体験ルポでした。これを読んでいる人がどういう状況か分かりませんが、まったく身に覚えがない方は笑っていただいていいんですが、現在進行系でおんなじ状況の方には無責任に「とはいえ、まぁなんとかなるんじゃね?終わってしまえばいい思い出だよ」と言っておきます。
先生は教師としても、そうじゃなくても私にかなりの影響を与えていて、私も影響を受けた自分を結構気に入っているんですよね。
先生お元気ですかね?
それでは。



