どんな予備校にも”カリスマ講師”という、名前を売ることで生徒を集める変人がいます。

カリスマにめっぽう弱い僕は、そういう講師の授業を一種の娯楽として何講座か受講していました。カリスマ講師の授業が自分の学力向上に効果的か否かという議論は別にして、今でもよくできた授業だったなと思っています。(大学の授業を受けている今だからか笑)

もちろん、浪人時代に通っていた予備校にも名物の先生がいそこました。大学生になってからそこの出身の人間に彼の名前をいったんだすと、ずっと予備校の話をすることになります。そのぐらい予備校生にとってカリスマ講師という存在は大きいものです。

その先生は英文法の授業を担当していたんですけど、入学したての頃に例のプリントをひたすら文法事項(品詞の用法など)をまとめたプリント(A3で2枚)を配り、全員に配りひたすら暗記させます。

そして、100人を超える人間がいる教室で立たせて、この文のこの単語は何詞の何用法か聞くのです。答えられなかったら学生は必ず罵倒されます。

どう考えてもアカハラですが、不快な気持ちはしませんでした。本人が感情的に怒っているわけではないからだと思います。一年間彼の授業を受け続け、講師室に質問に行ったりしましたが、彼の授業中の振る舞いは完全に演技というか、カリスマ講師という存在を演じていました。

で、彼の予備校での地位は普通に英語の講師として確立されて、人気を集める理由もそれほどないし、むしろ必修の授業で暴れるから、自分の講座を受ける学生はむしろ少なかったように思えます。予備校のために学生に発破をかけるのが仕事だったのではないでしょうか。

英文法を暗記させるというスタイルも完全に時代と逆行しているし、授業は本当につまらなくなるし、あんな授業とっていても意味がないと切ってしまう人は多かったです。

 

予備校をでて、4年たって、TOEICは800点近くとれるようになったし、英会話も少しはできるようになったし、そんな浪人時代の英語の授業のことなんかすっからかんに忘れていました。

それなのになぜ今、例のプリントの話をするかというと、

手に入れてしまったのです、例のプリントを。しかも、修士1年から笑。

信者だったのか、いまだにとっていたそうです。早速コピーしてもらいました。

内容をみると、不定詞の何用法だの、文節はどこで切れて、どこにかかるだの、今だったら絶対考えたくないようなややこしいことがびっしり書いてありました。

でもたしかにあの時、あれを暗記したのです。そして、英文は全部、文と節に区切って用法と修飾関係を洗いざらいに調べてました。

あれから5年がたった今、たしかに僕は英語が得意です。でも、それは大学からの話で、理系の大学に進学したから、相対的にそう感じるのかもしれません。それでも、ターニングポイントになったと思われるのは例のプリントとの闘いだったと思います。

「ネイティブはそんなこと考えてない!」という文法をひたすらやることに対する批判はありますが、一つの方法として、まだ英語を運用できない人が基礎的な文法を重点的にやるのはありなのではないでしょうか。

もちろん、それで英語が嫌いになるくらいならしなくていいし、ある程度できるようになったら必要ありません。

僕も今は文構造なんて一切考えませんし、精読だってしませんね。

ただあまり根拠はありませんが、一度でもそういうことをしっかり学んでおくと、そこからもたらされる利益はあるのではないのか・・・と、思うのです。

それでは。