多くの普通科の高校では2年生への進学時に理系か文系か選ぶことになるかと思います。文理選択が人生で初めてする大きな決断になる高校生も少なくはないのではないでしょうか。

文理選択は慎重に選ぶ必要があります。正直どこの大学に進学するかよりも職業選択における影響力が大きいです。分野の壁は大学進学後からでも超えることができますが、文系・理系の壁を超えるのはなかなか難しいと感じます。受験前に変えることはできますが、途中で文転、理転すると他人と比べて大きく遠回りすることになります。

一番の基準は自分がなにが得意でなにが苦手なのか考えること。大学生になったら苦手を克服することよりも得意な分野で戦うことを考えるべきです。

でもって、学校や塾の先生はよく

「数学が得意な子は理系、できなければ文系。国語ができる子も文系」

みたいなことをいいます。

数学と国語はその学生の素養が問われる教科なので、先生的にはもともと点数が取れる方に行かせた方が楽に合格率を上げられます。ごもっとも!

でも、今日はあえて言います。

「数学が苦手で、国語が得意でも理系に行きたきゃ行っていい」

あくまで、行きたい人の話です笑笑。

理系に興味ないのに数学ができない人が理系に行ったら詰みます。絶対に。

でも、興味があるなら数学がダメでも理系に行っていいと思うんです。夢を諦めるな!的な。

その根拠は何かと言うと。数学が苦手なのに理系の大学から大学院へと進学した僕が今そう思うから。

ということで、むかし話にお付き合いください。

 

高校の分離選択で理系を選んでも、大学で研究室に配属されれば数学から逃れられる

 

筆者は数学は全然ダメだけど、国語ならまぁまぁ点数を取れる高校生でした。

文理選択の時、僕の学校では廊下に張り出された名簿に理系か文系か希望する方を記入することになっていたのですが、張り出される前から僕の欄には数学の教師だった担任によって文系と印刷されていました。

学年末試験の数学で、下から14番目だったんだから当たり前ですよね。

結局、同じ学年で理系を選択した人が少なかったので理系に行くことができましたが、先生を説得するのは大変でした。

当然ですがそれから苦労しましたね。一番勉強してるのは数学なのに一番点数が取れない。ほとんど零点のこともある。で、しょうがないから国語や社会でなんとか点を取る日々。

この時、勉強にも才能って必要なんだなと痛感しました。努力でどうにもならないこともある。でも、めっちゃ頑張れば単位が手に入らないわけでもないので、ごまかしごまかしやっていくしかありませんでした。

でも、公立の大学なら全科目に配点が割かれます。だから何とかなりました。

もちろん、大学に入ってからも苦労しました。今まで以上に数学に重きを置かれ、しかも周りは数学が得意な奴ばっかです。ほんと耐え忍ぶという感じ。

ここで、自分の話をしてしまうと都内の中堅?国立大学院で工学(情報?)を勉強しています。数学はできませんが、それでも成績は決して悪くないです・・・(自画自賛)。大学院も推薦で進学できましたし。

 

ひたすら苦労してきた僕がなぜ理系を進めるのか。

タネを明かすと研究室に配属されると状況が一変するからです。

大学で基礎的な計算に重きが置かれるのは一年生がピークで、専門性が上がるとともに計算することのウエイトは軽くなります。

4年生になってから、紙の上で計算なんてしたことありません!じゃぁなにをしているかと言うと、実験しているか、文章を読んでいるか、文章を書いています。実験している時も手を動かしている時以外は作業手順を確認しているか、論文を読んでいるか、データをまとめているので結局読み書きしているのです。

たしかに微積を使わないわけではない。でもそれはゴリゴリ計算するんじゃなくてあくまで概念のレベルです。考えているだけなのでこれも文系的な作業だと思います。

計算は機械にやらせておけばいいんです。

私の配属された研究室には博士が2人、助教が2人います。年中同じ部屋にいるので彼らが普段何をやっているのかはだいたいわかるのですが、デスクワークがメインです。そして彼らが一番力を入れているのが文章を書くこと。自分の書いた文章で自己の評価が決まります。論文はもちろんですが、助成金の申請書には本当に心血を注いで書き上げていますね。彼らが寝る間を惜しんで実験しているところなんて見たことありませんが、書類の提出期限が被った時は何日だって平気で徹夜します。(少し盛りました)

もちろん、理系と文系は書いている文章の種類が違います。これは僕が勝手に思っていることですが、文系の文章は広告に代表されるような、現実にないことを表現するもの。それに対して理系の文章は現実を忠実に再現するものです。理系の文章が写真なら、文系は絵画ってとこでしょうか。文系の文章は読み手によって与える印象が異なりますが、理系の文章は一通りの解釈しかできません。

高校の国語は一つの答えを導き出すものです。だから、後者に近いと思いませんか。

そうです。今まで何の役にも立たなかった国語力はあとになって役に立つんです。




 

もちろん国語が得意な人間より、計算大好きな計算狂の方が理系の大学には多いです。彼らは3年生までは数学の恩恵を受け続けます。正直ずっと羨ましかったんですよね。でも、そんな彼らに鉛筆を持たせてもまともな文章は書けません。外部に文章を提出する前には学生同士で検閲しあうのですが、唖然としてしまう文章がいくつも出てきます。

もちろん、計算狂の人が活躍することもたくさんあって、例えばプログラムのコードを書くのは数学の得意な人の方が正確に素早くこなせると思います。研究室ではテストとかはないのでそういう人と協力してお互いの短所を補えればいいんです。

理系を選択をして研究室に配属されるまでだいたい5年ありますが、5年間我慢すればいい。5年間笑。

ほんとうに理系に行きたければ、頑張る意味はあると思います。行きたい方に行けばいいんです。

 

 

文理選択ではやる気を感じられる方を選ぶ

 

突然ですが、性格って才能だと思います。能力的な才能も必要ですが、これから何年も続く学生生活を充実したものにするには、自分の能力よりも性格的にあっている方をえらんだほうがこの先根気強く努力し続けることができます。

たとえ生まれ持った能力が高くてもこの先何年も学び続けるのに、やる気が持てなかったら結果は出せないし、その人は人として不幸だと思います。

ちなみに、どうしても行きたい大学に入るために現時点の能力が足りないという人は浪人という手もあります。

 

自分の心と相談していい文理選択を

 

それでは。